マー・ガンガー
死ぬのはこわいだろうか
宮内喜美子 著
沖 鳳亨・若林裕子 写真
生と死のあわいを流れる悠久の大河ガンジス
詩人はそのほとりに寄り添って、何を想ったのだろうか。聖地ベナレスに群がる人々の願いの中に、詩人の心の底流に兆すものの中に、遥かなるものが見えてくる。濁流に沐浴しながら死を待つ人々の、迫力ある写真映像をあしらったポエム&フォト。
わが子を喪った悲しみがおだやかな自然のなかに滲み通り、静かな旋律に包まれてこだまを返している。ガンジス河にむかって、お母さん、と呼びかける詩人に、マー・ガンガーは、死ぬのはこわくはないよ、とこたえているようだ。その稀なダイアローグのくり返しが、何よりも快い。一度それにふれたら、どんな人も忘れることなどできないだろう
マー・ガンガー
うずになる
うずが集まり
モアレになる
そして レースになる
黒い燃えさしのようなものが
赤潮状に流れてゆく
サンダルが流れてゆく
ホテイアオイに藁やごみがからまり
まだ死体は流れてゆかないけれど
人のあらゆる痕跡が流れてゆく
自然の痕跡が流れてゆく
ひとの声が
祈りが 真言(マントラ)が
怒鳴り声が
リスの強く鳴く声が
うずになり
モアレになり
マー・ガンガーの上を流れてゆく
昨日降った雨の大量の集積を呑んで
人間のすべての営みを豪快に洗い浄めるように
大河は
流れてゆく
(詩<マー・ガンガー>より)
1951年 東京都豊島区生まれ。跡見学園短期大学生活芸術科卒。
1971年 詩集『猫のイヴ』(私家版)
1980年 詩集『大泉門の歌』(まるくまーる)
1983年~1991年 ニューヨーク在住
1994年 エッセイ集『わたしの息子はニューヨーカー』(集英社)
1999年 詩集『わたしはどこにも行きはしない』(思潮社)
2003年 オブジェと絵画による個展『怪獣ルネッサンス』(ギャラリーF分の1)
1931年、神奈川県小田原市生まれ。東京都台東区の日限祖師本覚寺住職。2008年より松戸本土寺62世貫首。
独自のカメラアングルから世界各地の人々の今生の姿をとらえつづけている。
とりわけインドには十数回訪れ、写真集『私の印度』第一巻、第二巻を上梓、早逝した次男の魂に捧げている。
2013年1月入寂。
1959年、会津若松市生まれ。相模原女子大学文学部卒。
ヨガと整体の指導者としてクラスを受け持つかたわら、アフリカ、インド、ネパールなどの国を度々訪れ写真を撮りためる。2004年12月21日、スリランカにて地震による津波に巻き込まれ他界。
翌年、友人たちの手により写真集『Gracias la Vida』が刊行された。